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大人の不健康遊具


「三島由紀夫か?」

何人かに同じことを言われた。

不惑をまたぐ瞬間、男はボクシングを始めた。

文学青年が自堕落からマッチョを目指す反動、その象徴としての三島であり、お前もかと言いたいのだ。

なまじ日本人の精神構造を学んだゆえの訳知りの言及。そもそも男は文学青年でも退廃的でもなく、三島を崇拝してもいない。マッチョ志向でもない。残念ながら生活が規律的になってもない。物言いの根っこには強さへの憧れへの揶揄がある。もしくは心理的な強さの偽装として肉体美を希求する者との決め付けが透ける。紋切り型の精神構造。

男は三島への嘲りもない。ゆえに三島を持ち出したことより、社会学のような安易な人物への貼り紙にうんざりした。本や人物にかぶれるほど若くはない。いっそのことかぶれられたら、と思わなくもないが、ないのだ。

男はただボクシングに出合った。

ボクシングはマッチョではない。ましてや野蛮でもない。

リングでは表層のインテリジェントはすぐに馬脚が露呈する。

男は真のインテリジェントが欲しかったのかもしれない。

反知性主義という流言がある。男は反「知性」であるが反知性ではない。

紋切り型の精神分析には嫌気がさす。

知性の肉体へのコンプレックスか、肉体から知性へのインプレッションか。

ひんやりした異物侵入に血の気がひく。胸くそ悪い。だがやがてそれはうっすらと快楽に変わる。安堵。ノックダウンの瞬間も同じだろうか。知は血と争えない。

男は看護婦が昨日と同じ場所に針を射さぬか、こめかみをひそかにこわばらせ、毎日その時を迎えるのであった。

三郷中央。

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