敗戦のリングで感じた山中慎介の自制心
山中慎介選手を撮影。帝拳ジムにて。
練習前にキメカット。そして、ロープスキッピング、ダンベルシャドー、サンドバックのさわりを撮影。
うちの会長と山中選手は10年前、A級トーナメント決勝に出た。ライト級とバンタム級、気鋭の強者。
撮影前に会話、各選手が写る当時のポスターを見せる。
「山中さん、この熊野選手、覚えていますか」
「覚えていますよ。たしか、宮田ジムですよね」
「はい。熊野さんは金町に4年前にジムを開いて、私はそこでお世話になっているんです」
「そうなんですか」
「じつは私もボクシングをやっていて、おやじファイトに出ています」
「えっ、すごいですね!」
「先週、五戦目があって勝つことができたんですが、階級は40代ライト級、私もサウスポーなんです」
「おお、がんばってください」
宣伝担当の代理店の仕切りが厳しい現場。帝拳ジムの雰囲気はエリート養成所の趣き、熊野ジムや宮田ジム、葛飾のジムとは風通しが違った。背後にあの選手とあの選手の姿は映すな、こちら側は駄目といった具合。縛りが多く、ひそひそ話の空気。会長仕込みのネタが重苦しい空気をブレイクしてくれた。
ジムの隅に目をやると、他の選手のミットを持つ大和心トレーナーの姿があった。山中選手のトレーナーだった。今はその任を外れ、若い選手の育成を担当しているようだった。
昨年八月、十三回連続防衛記録がかかった挑戦者・ルイス・ネリ(墨)との世界戦。具志堅越えは彼しかいない、注目を浴びる「神の左」。だが四ラウンド途中、ネリ選手の猛攻に、セコンド、大和トレーナーからタオルが投入された。
まだやれたのではないか!?
マスコミ、また帝拳ジム会長ら関係者はじめ、早めの投入に疑問符がつく発言も多かった。何せ大記録がかかっているのだ。当然の憤慨。大和トレーナーは依然、試合を続行させた結果、選手をリングで亡くしていた経験があった。選手の命を預かっているという意識。選手にいちばん近しい立場。トレーナーとして、彼のなかではタオルを投げ入れるタイミングに躊躇がなかったのかもしれない。当然の感情移入。
温度差を責めることはできない。
そんな中、山中選手はタオル投入を、トレーナーを責めることはなかった。その直後も、取材時も。「セコンドにそう思わせてしまった自分が悪い」。私はこの敗戦にして、山中慎介という選手の強い自制心を感じたのであった。
滞在した三十分あまり、二人が会話を交わす場面はなかった。それぞれが自分の持ち場で指導、練習をしていた。
他の選手と談笑する大和トレーナー、彼が着ていたのは「GOD'S LEFT」のTシャツだった。