フィリピンの新星、ジェイアール・ラクィネル、気力充実、強烈で美しいスタイル。東洋太平洋フライ級タイトルマッチ〈王者・中山佳佑vs比1位・ジェイアール・ラクィネル〉後楽園ホール、2018.3.13.
〈王者・中山佳佑vs比1位・ジェイアール・ラクィネル〉後楽園ホール、2018.3.13.
九回。
ステップインの直っすぐのおとりジャブで視界(上)を奪うと、素早い踏み込みで強烈な左ストレート、あるいはボディ(下)ストレート。と思いきや、踏み込んだ足を梃子にそのまま身体の軸を右にひねり、腰の入った強烈な右フックを返した。中山(王者・ワタナベジム)が後ずさりし、パンチが来なかったところで反撃態勢で前傾になったところにドンピシャであった。
ジェイアール・ラクィネル(比)が、イマジネーションを現象化した瞬間だった。
西側のリングサイドにいた中山は弧を描くかのように南側のサイド際によろけていく。追撃のラクィネルの圧に手をつき、膝をつく中山。レフリーは追撃を制止、中山の様子を見守る。ロープを背に立ち上がるも力ない様にレフリーは試合ストップ。その背後では、同時にセコンドもタオルを投げ入れ中山のもとへ必死に走り込む。レフリーに両腕を握りしめられ、脱力していく中山の背中。
九回二分一秒。
ポイント差で後のない中山がスタミナ配分をやめ、攻勢に出た回のことであった。
ラクィネルの踏み込むジャブは強力だった。破壊力のあるジャブの連打。切れのあるストレート、ワンツーからの右フックが強烈。アッパーは初動が力んで軌道は読まれていたが、腰の回転が効き、威嚇には充分であった。体幹を使ったパンチは、どれもKOパンチに繋がる切れ、強さ、重み、そしてタイミングを持っていた。間合い、距離感、プレス、出入り、リング支配力に長け、多彩なパンチを繰り出す。ダッキング、ウィービング、スェーからのカウンターの切れと速さに魅力される。体幹とスタミナの強さがあった。
オープンスコアシステムで四回の区切りでジャッジが公表される。中山は四回の時点でポイント差をあけられた。中山陣営は、序盤のボディ攻撃で動きが止まる場面が何度かあったのを見逃さず、作戦をボディ攻撃に絞り、活路を見出だそうとした。相手の左脇腹への右ボディは有効だった。ジャブの踏み込みも幾分か甘くなり、ラクィネルは中山のボディ打ちを警戒するようになった。ラクィネルはボディの対処が弱かった。しかし、試合の流れを変えるまでにはいかなかった。八回終了時点でのスコアも差は埋まらずであった。
1997年生まれ、21歳。パンフレットに記載されたプロフィールを見ると誕生日2月1日、私と同じ。そんなことからも応援対象になる。試合後、花道に声をかけにいく。「ナイスファイト!」。微笑みで無言でうなずき、控室へ戻る姿を見送る。世界戦線に出るだろう要注目のボクサーになった。
何より彼のスタイルが好きだ。リングインの姿も落ち着いていた。鼓舞するでも、精神統一するでも、笑って中和するでも、興奮するでもなく、平常心と闘争心のバランスが見事、その姿にゴングを前に魅了された。伯楽のトレーナーとの関係も絵になった。詳細は分からぬが二人の姿には無言も語るものがあった。親子のような年齢差だが、そこにはボクサーとトレーナー特有の信頼関係がオーラをまとっていた。
これで戦績10戦9勝(8KO)1分。新東洋太平洋チャンピオン。ジェイアール・ラクィネル、要注目である。
今、ラクィネルのボクシングが美しい。
【第九ラウンド、試合が決まったダウンシーン10コマ連射】
3コマ目と4コマ目に注目。身体を半転させた強烈な右の威力。弧を描くように投げ出された中山選手。
(了)