気持ち対根性、激闘昇華の八回。ロサレス対比嘉、WBCフライ級世界戦観戦
WBC世界フライ級タイトルマッチ、クリストファー・ロサレス(ニカラグア・23歳)
vs比嘉大吾(白井具志堅・22歳)。
横浜アリーナにて観戦。
15戦15KO、三度目の防衛戦を迎えた比嘉。計量失敗により王座を剥奪され、公式試合と認定されるものの、体重超過は階級制のボクシングにとって真剣勝負の前提が崩れるあるまじき行為で、注目の人となっていただけに事態に周囲も興行関係者もファンも呆然とした。全試合KO勝ちの世界チャンピオン、さらに日本の大衆にとってプロボクサーの代名詞のような存在である具志堅用高と沖縄同郷の愛弟子とあって、その物語性がマスメディアと相思相愛に注目を二乗、三乗に高めていた。戦績29戦26勝(17KO)3敗の挑戦者・ロサレスが勝てば新王者、比嘉が勝てば勝利となるもののチャンピオンの資格は与えられない。
会場の空気は冷静だった。入場時に励ます観客もあり、怒りを表現する観客はいなかった。試合が始まると、一人、大声で「計量失敗!」を連呼する観客がいた。私の席の右手斜め後ろあたり、40代の男。ある意味それも行儀が良いが静まり返る会場に彼の声は反響した。そのヤジ男に周囲の観客が「うるさい!黙れ」といきり立つ。「声を出してもいいが、計量失敗はダメだ、それ以外ならいい。もし今度言ったら俺も考えるぞ」と注文をつける観客。ヤジ男、それを受け「ロサレスがんばれ!」と連呼。しばらくして場のざわめきが落ち着くと「ロサレスがんばれ、計量失敗!」と合わせ技できた。注文をつけた客は切れたのか、ヤジ男に因縁をつけようとしたところ、ヤジ男、席を移動し難を逃れる。周囲の大人は気が気でないが、小学生の男子がその姿が滑稽に写ったらしく「がはは(笑)」とうける。「俺は今何をみせられているんだ~」。ヤジ男のつぶやきはある意味本質であったが、ロサレスのボクシングは心技体が一つとなった身体芸術、ヤジ男でさえも魅了し始め、ロサレス対比嘉、見ごたえのある試合が展開したのだった。品性が生理的に受け付けないが、比嘉贔屓にアンチテーゼとしての行為だろう。金銭を払い観戦に来ている以上、憂さ晴らしであれなんであれ感情表現は自由だ。またうるさいのはうるさいのである。周囲の観客のレスポンスも自由だ。正確には、ヤジは「計量失敗」か「減量失敗」か、ブログを書いている時点であやふやになっている。人間の記憶など曖昧だ。そういう意味でもヤジ男はこの試合の記憶のフックとなるだろう。
ロサレス、リードが強い。
リードジャブ、ジャブ連打、ジャブが多彩。何よりジャブより、左フックが強い。脇のしまったショートの左フック。リードとみせて一足分踏み込んでの左フック。相手が出てきたところへ一歩下がっての左フック。三連発は当たり前、五連発もみせる。そこに脇のしまったコンパクトなアッパーも混ぜてくる。体幹で打つジャブ。それを休まず続けられるスタミナに驚く。
腰の回転がさらに効いてくるのが右ストレート、右アッパー、右ボディ。とにかくすべてのパンチに体幹が効いているのだ。左のジャブ、フックで相手の出先を制したあとの右はきちんと腰で振りぬいてくる。
体幹を使うということは、打ち終わりには身体(肩)が入れ替わっているから、正面からパンチをもらう確率は減る。肩がガードの役割をする。そのあとすぐさま頭をずらし、ダッキング、ウィービングを織り交ぜる。隙のない攻防一体のオフェンス、ディフェンスになっている。
それは彼のリーチがいきる中間距離の攻防よりも、意外にも、凄まじい打ち合いであった接近戦でこそ発揮された。
対して比嘉のボディはずしんと重い。会場にいても鈍い音が響き渡った。ロサレスの奥の脇腹を狙って全体重をのせたボディを打ち込んでくる。さすがにロサレスもこのボディは防ぎようがなかった。回が進むと打開策として脇のしまったパンチの連打を体幹を使って左右の回転を効かせ、ややオーバーハンド気味にロサレスの頭に被せるように、硬いガードを剥がすように打ち込んだ。強烈であった。これは有効な切り口だった。試合の流れを引き寄せられるかどうか、渾身の攻撃であった。
だが、ロサレスは比嘉との打ち合いにひるむことなく、最後まで一瞬たりとも気持ちが途切れるところがなかった。ニカラグア同郷、はとこの元世界チャンピオン、ローマン・ゴンザレスと接近戦を想定したスパーリングを重ねたという。それが自信となっていたのだろう。比嘉との頭をつけた打ち合いは言われてみればロマゴンスタイルの影響が伺えた。何より、手数である。否、手数というと平凡だ。ワンツスリー、ワンツースリフォー、ワンツースリーフォー・ワンツー、、、シャープなキレ、連打コンビネーションのリズムを少しずつ変えて多彩さで相手を困惑させる。入り込もうとする比嘉にガードを作らせる。それは連打の攻撃であり防御(バリア)でもある。比嘉にガードという名の壁を作らせた。そして突っ込もうとすると左フックの連打が出迎える。かつてサーシャ・バクティンというロシア出身の協栄ジム所属のボクサーがいた。彼の速射砲のようなジャブはその最たるものであったと私は考えるが、ロサレスの連打はサーシャの速射砲と同様の心理、身体距離的効用があった。見事であった。思考力を奪う連打。比嘉はガードを固めれば固めるほど苦しむ。固めなければ中に入れない。固めてからの攻撃では、攻防一体の攻撃は不可能だ。攻めが単調になる。一発のパンチに力が入り、狙いすぎるボクシングになる。それは、リングでの試合運びを相手に差し出すことになる。
この日のロサレスは心技体が一つとなり身体芸術と化した。
その姿は一瞬たりとも見逃せなかった。
この試合にかけた強い気持ちを感じさせた。
素晴らしい試合であった。名勝負である。
八回は見物だった。ロサレスの強い気持ちと比嘉の根性が真正面からぶつかり合った。
四回終了時のジャッジは、ロサレス39ー37優勢が二名、比嘉39-37優勢が一名。
八回終了時は、ロサレス79ー73、77ー75で優勢が二名、76-76ドローが一名。
九回に試合は決まった。
八回時点でのジャッジ公表を受け、比嘉のセコンドが九回途中で試合を放棄。
ロサレスの九回TKO勝利。
八回は激闘だった。それだけに拍子抜け、会場は一瞬、何があったのか分からなかった静かな幕切れであった。その中途半端に感じさせた幕切れそのものが心が折れていた。
ロサレスはその人格がプレイスタイルをここ一番の大舞台で完成させ、運命を引き寄せたかのようであった。心が揺さぶられるドラマチックあった。
比嘉のトレーナーは野木トレーナーであった。かつて元フライ級世界チャンピオン内藤大助選手(宮田ジム)のトレーナーであった。内藤選手と野木トレーナーの関係とは異なる関係があった。計量失敗で精神的ダメージが強かったのか、野木トレーナーに精神的に依存しているように写った。15戦(15KO)という最強の戦績者の姿ではなかった。選手とトレーナー、そして選手と会長の関係を考えさせられる試合であった。
ボクシングというのはリングに上がるまで、何があるかわからない。
周囲の応援があってリングにたてる。だがリングの上では一人である。
リングに上がるのは、とてつもなく大変なことなのである。
誰あろうと本人が思っている以上に。
追記
アンダーカードも注目こそされないが世界戦に負けない見ごたえがあった。
113ポンド(約51.2㎏)契約 10回戦
中谷潤人(MTジム・20歳)vsマリオ・アンドラーデ(メキシコ)
中谷は、日本フライ3位、WBC世界フライ級20位、ここまで14戦全勝(11KO)、2016年の東日本新人王にしてMVP、日本ボクシング界のホープ。アンドラーはWBC世界フライ級13位、ここまで24戦13勝(3KO)6敗5分、現日本フライ級王者・黒田雅之をメキシコに迎え勝利している。
八回、再三のバッティングで鼻が粉砕したアンドラーデ、ドクターストップ。判定3-0(80-72,80-73,79-74)で3-0中谷勝利。中谷は芯に気合を内包したボクサーと感じる。敗れたベテラン、アンドラーデは陽気なメキシカン。入場前、右手首に刻んだ「マヨネー」をカメラにこれ見よがしに見せる。思わず笑みがこぼれる。何かと思えば彼のミドルネーム。仕込みがいい。
136ポンド(約61.6㎏)契約 6回戦
小田翔夢(白井具志堅・19歳)VSロルダン・アルデア(フィリピン・24歳)
小田は日本ライト級10位、2016年全日本新人王、父米国人、母日本人、沖縄出身。7戦7勝(7KO)、こちらもホープ。アルデアはフィルピン、ライト級チャンピオン。17戦12勝(6KO)4敗1分。小田、初の六回戦、そしてフィリピンライト級チャンピオン相手にKO勝利。ワンツーボディ、ワンツーボディのコンビネーションで仕留める。最初のボディに追い打ちをかけた二回目のボディで沈む。
そしてもう一つの世界戦。
WBA世界ミドル級タイトルマッチ村田諒太(帝拳ジム・32歳)VSエマヌエーレ・ブランダムラ(イタリア・38歳)
14戦13勝(10KO)1敗、VS、29戦27勝(5KO)2敗。
村田の体幹の強化を感じた試合だった。
( 敬称略)