祝い酒
その姿に励まされた。
ケンスケが高校を卒業、地方の大学へ。
そしてキシ君が大学院、プロボクサー千葉さんに子が誕生。
京成金町駅、小さな踏切を渡ると栄通り、年季の入ったもつ焼き屋、奥の小上がりで四人、祝う。
ケンスケは高校で廃部状態であったボクシング部を一人で復興、昨春、高校三年になりついにアマチュア公式試合に出場した。私はその姿に励まされ、ともに練習を積んだ。江戸川で関東平野が終わる。高台となる向こう、市川には奈良時代の万葉集にも登場する寺がある。その急斜な階段をかりて、階段ダッシュ。私も強者との決戦を控えボクシングに没入していた。千葉さんはプロボクサーを目指していた。三人でただ只管、階段を駆け上がった。
デビュー戦は強豪・府中東高校のリング。会場に着くと、大学リーグ戦を戦う東大、立教大生、定期戦を戦う浅野、朝鮮高校ら強豪校の選手がそれぞれ揃いのTシャツを着てあちこちでたむろしている。そんな中、単身黙々とシャドーボクシングをし、試合に備えるケンスケの姿があった。意志をまとう若者。一心不乱。熱いというより清く美しかった。
一途。
彼は地方の大学へ行っても、近くのジムでボクシングを続ける。
「部員が六人に増えたんです」
自分が点けた灯火が燃え続けるのをうれしそうに教えてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「キシ君、引っ越し日までの空いた数日、どうするよ」
「友だちの家に泊めてもらいます」
「永井さんとこに来てもいいんだよ。CD500枚の神経衰弱、一緒にやろうよ」
「ああ、ケースと中身を合わせるんですね」
「そうだ、楽しいぞ。で、どうだい。大学院を出たらやりたいことはあるのかい」
私は彼が研究室でどんな研究をしているか、何度聞いても分からない。だが明日が見えない研究生活に埋没せず、周囲に流されず、学生生活の出口戦略、希望職への入口戦略を描かんとする思いに励まされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「会場で挨拶したケンスケの部活の顧問、バックトゥー・ザ・フューチャーの博士みたいだったな」
「そうですね(笑)」
「なんすか、そのたとえ(笑)」
「いや、似てたんだよ。マイケルジェイフォックスの映画の博士。痩せの長身、モジャモジャ頭にロングコート」
「ああ、ありましたね」
「そっくりだったなあ」
他愛もない四人の会話。
「ボクシングの門外漢だろ。ちゃんとサポートしてくれていい先生で良かったな」
「じつは先生、めっちゃこわいんですよ。元ボクシングアマでやっていたんです」
「人間分かんないもんだねぇ。化け学か社会科の先生だろ?」
「国語です」
「ますます分からないねぇ」
月曜ゆえ貸し切りの店内。気兼ねなくほろ酔い酒。といっても呑兵衛は私だけ。皆はコーラと烏龍茶。
「あちっち!」
レンジで適当にチンした燗酒。徳利が熱かったり温かったり。手を添えて酌をしてくれたケンスケ、台布巾で徳利を掴んで酌をするキシ君。
三人それぞれの春が来た。
集まり散じる。気を一つに。最後にお手を拝借一本締め。けじめである。
Comments