疾走のファンファーレ、奔流のフィナーレ。俊英にして牧歌。チャイコフスキー交響曲第四番“第四楽章”〈ロイヤル・リヴァプール・フィル、指揮ヴァシリー・ペトレンコ〉ライブ中継.2018.2.4.
2月4日深夜2時、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート中継を鑑賞した。本拠地リヴァプールのフィルハーモニーホールでの演奏会。
ウィリアム・ウォルトン、管弦楽のためのパルティ―タ(英1958年)
グリーグ、ピアノ協奏曲(ソリスト・辻井伸行)
チャイコフスキー、交響曲第四番
指揮・ヴァシリー・ペトレンコ
この管弦楽団は2014年に初来日、以来、辻井との共演が続く。楽団は今年も五月に来日し、再び辻井と共演する。この日の曲目が来日の際も演奏される。会場に足を運ぶつもりのなかった私にとり、facebookによるライブ中継は思わぬ幸運であった。
グリークのピアノ協奏曲第一番。辻井のエモーショナルな演奏に指揮者ペトレンコも気を配りながら、楽団のピッチをコントロールする。辻井の一心不乱の気迫に会場は感銘を受けた。アンコールはショパンの遺作ノクターン。私は昨年末、九十三歳のピアニスト、メナヘム・プレスラーの弾く遺作ノクターンを目前に聴いた。辻井のそれは若き命の迸りであった。
心の音を持っていかれたのはチャイコフスキー交響曲第四番。第四楽章、歓喜のファンファーレ。破天荒寸前、管弦楽器の渦巻く音響、奔流する音楽、いななき、流転、そして静止。尚また息吹いたかと思うと一気呵成に全力、歓喜疾走のファンファーレ、ダイナミックないななく躍動の中にフィナーレを迎える。
疾走するもどこか牧歌的で大胆であり、それでいて音に新鮮な感性のしぶきを感じ、脳が炭酸水を飲んだかのように爽快。躍動する楽団、いきいきとした生命みなぎる音楽の奔流に曳(惹)き込まれる。奔流だが濁流でない。清流の奔流。内燃する熱さが躍動的な清々しさでもって昇華されている。音を聴く快楽に奔流されるなかで核となる魂を見つける。とにかく新風、新鮮だ。
1840年創立の英国最古の管弦楽団。ロンドン交響楽団よりも60年ほど古いという。指揮者ペトレンコは1976年ロシア生まれ。2006年、若くしてこの楽団の指揮者に就任、2009年からは首席指揮者を務める。以来、ショスターコーヴィチ、チャイコフスキーの全交響曲に意欲的に取り組み、その演奏は次第に評判を得てきたようだ。ペトレンコはちょうど昨日17日、ベルリンフィルでも客演で指揮を執った。十年を越えるロイヤル・リヴァプール・フィルでの名演に、世界各地の興業、メジャーな交響楽団もオファー、動き始めた。
どうしてか。私はベルリンフィルの演奏を聴いても、正直、響かないことが多い。それは置いておくとして、ロイヤル・リヴァプール・フィルの演奏はどこか牧歌的な雰囲気を漂わせていた。本拠地ということもあるだろう。地方都市の楽団ということもある、ご当地ビートルズ関連コンサートのバックを務めることもあるようだ。だが、そのおおもとは長らく培ってきた指揮者と管弦楽団のファミリー的一体感にあるように感じた。
ペトレンコという指揮者は一見して俊才、神経が細かそうだが、ちゃんと歴史のある楽団、年配の楽団員に敬意を払って関係を築いてきたのだろう。音に独りよがりさが全くない。楽団の出す音がエリート臭がせず、教科書的な技巧ではない。指揮者の気鋭の感性と楽団の持つ郷土性が融合し、新しい音を生み出そうという活力を感じた。随所に野放図のような瞬間を生み出すのを恐れない、大胆なダイナミックさが垣間見れる。バイオリンの弾き手を観ると、振りきれている。指揮のコントロールを気にしすぎていない。どこか生真面目さのない牧歌的な姿勢。プトレンコもそれを許し、統制し過ぎることのない爽快な指揮振り。楽団員が皆ストレスなく自分の持ち場で演奏それ自体に集中している。ミスを恐れていない。求められているのは完璧ではない。求められているのは譜面を正しく弾くことではない。置きにいっていない。それがいい。いきいきと躍動している。
理知的なるものが先行しては、この躍動感、成し得ない。
目が離せないこの指揮者と管弦楽団のファミリー感。俊英にして牧歌。今、世界の聴衆に新風を吹き込む。名演奏が生まれる幸せな関係が英国の地方都市リヴァプールにある。そのことを強く印象づけたチャイコフスキー交響曲第四番であった。
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団HP、ライブストリームコンサート
http://www.liverpoolphil.com/live-streamed-concerts
ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団、コンサートプログラムノート
http://liverpoolphilharmonic.cdn.prismic.io/liverpoolphilharmonic%2F390dbbab-6fd4-4c0c-91e6-9f15e9e8220b_2018.02.04+grieg's+piano+concerto+programme+notes.pdf
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