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満干の潮、朝な夕な淡き宮島。檸檬、蜜柑の段々畑、安芸灘を越え穏やかな内海、江戸廻船の港町へ。






安芸の宮島。


夕刻前、フェリーに乗船。こんもりと若葉の出ずる新緑の原始林、山岳の濃緑、碧色の海、近づくと徐々に一点の朱赤が浮き立つ。


厳島神社。


島に着く。






逆光に煌めく海面。大鳥居の延長線上に内海が輝き出した。

防波堤、異国人が憩う。

夕暮れの太陽を浴びる。頬なでる風にあたる。良い習慣だ。


異国の女性の手先がまるで中宮寺半迦思惟像。





空とともに色味がかる朱赤。

表情を変える大鳥居。どこから見ても淡き風景の拠り所。

今は昔、心の置き所。




参拝客が大鳥居越しの夕陽を眺める。

まどろむ。干潮の浜辺、降りて大鳥居に歩むものあり。

ゆだねる時間。待つを慈しむ。

飽くことなく待つ。

日暮れまでの永遠とも思える幸せな錯覚のとき。






朝靄、水墨の朝。

日の出とともに山辺を散歩。

静まる町、寺社、路地。野生の鹿がはやくも山から下りていた。

柔い光、木漏れ日、霞みがかる空気、ここそこで鹿が憩う。

花札のごとき幻想郷。






日のもとに照らし出されると、町は一気に目覚め始める。

通りに打ち水をやる家主、配達のバイク、出勤する従業員。

人の営みを感じる朝。







十時過ぎに厳島神社を参拝。

満潮。夕べの干潮と比べ、350センチほど満ちていた。

自然の摂理。潮の前で人は謙虚になる。





翌日、宇品港から呉を通り、安芸灘を渡る。瀬戸内の飛島へ足を向けた。

島々に架かる大橋を四つ渡る。




涼やかな青空の下、穏やかな碧い内海をのぞむ。

左手には斜面に続く檸檬、蜜柑の段々畑、右手には長閑な内海と小さな島々。

あるいは右手に内海、左手に段々畑。


天海の青に溶け込む。


檸檬、蜜柑は時期外れだが、それでも所々でたわわに実る樹木が点在し、瀬戸内の温暖な気候を感じさせる。濃緑、碧色に浮き立つ鮮やかな柑橘が清涼をもって視界に飛び込む。




江戸廻船の風待ち、汐待ちの波止場として賑わった旧港町、御手洗。


鄙びのときを経て保存され文化財となった今、それはそれで待ちの波止場にふさわしい長閑。集落に漂う時間が体内時間を解き放つ。





伊能忠敬が瀬戸内の測量の番屋として使った江戸屋敷が残る。

地理、測量関係の古書が展示してあった。

画一化されていない活字に文化を感じる。


字に“活きる”文化。字に活きる人間の文化的営み。




沖乗り航路の寄港地。交易で栄えた江戸の町並み。かつての肩触れ合う人通りを想像する。



風待ち、汐待ちは陸にあがる。活気が生まれる。快楽、解放、娯楽、花街。


若胡子屋(わかえびすや)と呼ばれた茶屋跡があった。白枠の横に長い格子窓、中を伺う男衆の姿をみる。


語り継がれる伝説。常に九十九人の花魁が置かれ、一人増えると必ず遊女が一人死んだという。


内庭には花魁の墓が一つ。

花が供えてある。日々の中にこの墓に向き合う人がいる。


また、百基あまりの墓石が、おいらん公園として高台に集められている。




日本家屋の陰と瀬戸内の日差しの陽。

暮らしの中にあった陰翳美。




大正昭和の理髪店。

クリームがかった水色の外壁塗装がモダンハイカラを象徴する。

今は懐かしさを伴い、江戸家屋の並ぶ通りになじむ。




路地の気配がいい。寸法がいい。


瓦屋根に建具格子と漆喰の壁、板張りのペンキ。

手の込んだ意匠の江戸、簡素合理化の昭和。

和風と洋風。

対比が今となっては時代考証。

理髪店の外に積まれたブロック。じんわりとくる生活感。味わい深き時空間。


理髪店のサインポール、郵便ポスト、復元の賢しらをこえた町への馴染み。いつもそこにあり、今なお使われている風景。かつてのハイカラが郷愁をともない生きる。





昭和初期の映画館。乙女座。外壁の意匠がシンプルな奥深さ、アールデコ建築。修道女、あるいは女学生のような石造レリーフが端正かつ愛らしい。二十世紀初頭の西洋美術センスの中に「乙女座」の筆文字が日本の芝居小屋由来の大衆娯楽性を補完、親しみと品が並立した劇場外観。


中は舞台になっており、吹き抜け天井に桟敷席、二階席、古き良き寄席の佇まい。薄暗いなか、通路の梁に連なる提灯がぼんやりと照らす。


手書きの映画看板。黒澤映画。目をこらせば平成27年度の鑑賞推進事業。時代に迎合なきフィルム上映。




港を俯瞰する。

此岸は大崎下島、彼岸は岡村島。安芸国と伊予国の狭間。


模型のごとき景色。

のどけき風光明媚。


どこまでも穏やかな世界。



(了)

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