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飯能の固定種専門・野口たね店へ春蒔き種の買い付け。自家採種の菜園耕作。



武州飯能。固定種専門・野口たね店へ来春蒔きの種を買い求めに。


市販のF1種(一代限り交配種)は産業化の結実、自家採種出来ず。毎年種を買う必要がある。







母方先祖は明治期に新潟から福島中通りに移り住んだ開拓農家。事情により廃業後も祖父母は小さな畑を続け、種は自家採種であった。幼少、田舎に行くとその後ろ姿を見た。五色のもちとうもろこしを軒先に吊るし、種をとる。東京郊外育ちの私にとり、それは日本の原風景そのものだった。



祖父母の耕作の真髄、山間耕作四年目を終え痛感する。

自覚遅く、種を受け継げず。



黒、白、黄、紫、赤、あの五色のまだらな色粒が特長のもちとうもろこし、真黄色のスウィートコーンに慣れた郊外スーパーマーケット型食育食育人間には、古臭いものに感じた。


今は逆。


あの五色のもちとうもろこしの種、野口たね店では取り扱いを終えていた。そもそも、黄もち、黒もち、白もちとうもろこしを畑に隣接して育てた際に受粉してできるらしい。祖母は或る年に採れた五色もちとうもろこしの種を大切にしていたということかもしれない。







代わりに黒もちとうもろこしの種を求める。他に、油菜、八丈オクラ、赤ひげ葱、泉州絹皮水茄子、アカチマ、たいりょう、四葉、、、。来春五年目の山間菜園耕作は固定種、伝統野菜、自家採種。種をとり、受け継ぐ。




三代目当代は若き頃、虫プロ出版部。初代「火の鳥」担当編集。


手塚治虫、野口たね店の問題意識、相通ず。


未来と伝承の狭間の生命倫理。システム回収、組み換え、グローバルVS在野在来伝統の尊厳。種、味覚の管理・画一か、それとも在野原始か。


実感。家庭菜園はせめて産業社会から自由でありたい。




私の農法は無農薬有機農法。親の口承の有り難さ。


野菜の味覚は種で決まるという。無農薬有機の教えは受け継いだものの、肝心の種は受け継がなかった後悔後悔。婆ちゃんのとんもろこし、油菜、野菜の味。今後の“態”に反映させる。

一代限りで終わり。その発想で成り立つ世界。


種について考える。

畑は原初を教えてくれる。




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